CHAPTER02
それぞれのルーツと
キャリアの始まり
- 長嶋
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あらためて、お二人がゲームの仕事をするようになったきっかけについて伺えますか。
- 神宮
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中学生の頃からテレビゲームやアーケードゲームが好きで、いつかゲームに関わる仕事がしたいと思っていました。
その思いのまま高校、大学と進み、就職の際にもゲーム会社を志望しました。当時は、ゲーム会社を就職先として選ぶこと自体がまだ珍しい時代でしたが、NCSメサイヤに採用され、そこでゲームの仕事を始めました。
その時に大宮ソフトのメンバーとも出会い、後に声をかけてもらって参加することになりました。
- 長嶋
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まさに、子どもの頃からの夢を実現されたわけですね。
- 神宮
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はい、そうですね。
- 長嶋
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松浦さんはいかがですか。
- 松浦
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専門学校でデザインを学ぶ中で、就職先としてゲーム業界を意識するようになりました。
それまではゲーム向けの絵を描いていたわけではなかったのですが、就職活動を意識してから、ゲーム業界向けに作品を描くようになりました。当時はスクウェアのゲームが好きだったので、応募用に作品を描き直しポートフォリオを準備して応募しました。
結果として採用していただき、『レジェンド オブ マナ』のチームに入ったのが、ゲーム業界でのスタートです。
- 長嶋
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神宮さんのデビュー作は?
- 神宮
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どの作品をデビュー作と呼ぶかは少し難しいですね。
最初の頃はアシスタントディレクターのような立場で関わることが多く、外注管理やグラフィック、広報のようなことまで、本当に幅広くやっていました。そうした中で、大宮ソフトに参加してからは『ガンハザード』の開発に加わり、人目に触れる形で「自分の仕事」として認識されるようになった最初の作品は、この『ガンハザード』だったと思います。
一方で、企画そのものを担当した最初の作品は『カルドセプト』でした。
その意味では、『ガンハザード』が開発者として広く認識された作品であり、『カルドセプト』が自分の代表作としての出発点だった、という感覚があります。
- 長嶋
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以前お話を伺って驚いたのですが、神宮さんは『カルドセプト』でドット絵も担当されていたんですよね。
- 神宮
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はい。人手不足もあって、グラフィックもやってみないかと言われたのがきっかけでした。
もともとPCで絵を描いていたこともあり、そこからドット絵を打つようになりました。
『ガンハザード』では、絵を描く仕事はそれほど多くなかったのですが、『カルドセプト』ではクリーチャーのドット絵も描かせてもらいました。
- 長嶋
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学生時代に漫画研究会のような活動もされていたんですか。
- 神宮
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そうですね。同人誌を作ったりもしていました。
ただ、普通の絵は本当にあまり得意ではなくて、人に見せられるようなものではないんですが、ドット絵に関しては、自分でもそこそこ描けていたという感覚がありました。
- 長嶋
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松浦さんが入られた頃も、まだドット絵が中心の時代ですよね。
- 松浦
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僕が入った時期は、もうスーパーファミコンというよりプレイステーションの時代でした。
ただ、それでも現場ではまだドット絵の仕事がありましたし、当時のスクウェアは、ドット絵の評価が非常に高くて、優れたドッターがたくさんいました。
自分もその中で、いろいろ指摘されながら描いていたので、とても勉強になりました。
- 長嶋
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実は『カルドセプト ビギンズ』でも、ドット絵でいけないかという検討はしたんです。
ただ、現在の国内ではその表現にしっかり対応できるデザイナーさんが非常に少なくて…、最終的には断念したという経緯がありました。
その意味でも、お二人ともドット絵やデザインの現場を知っているというのは、興味深い共通点ですね。